社畜だけど時々ライター、うっちー(32歳独身)のブログ

豊島区池袋在住、32歳独身サラリーマンのうっちーです。仕事、保険、音楽、読書について、気ままに書いています。

仕事運・恋愛運アップ!西郷隆盛ゆかりの地をお散歩する 東京パワースポット巡り

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みなさんは、NHK大河ドラマの『西郷どん』、見てますか?

(私は日曜の夜も絶賛仕事しているので、見たり見なかったりwww)

 

西郷隆盛役の“変態仮面”こと鈴木亮平さんが、「西郷隆盛に全然似てない!」という意見はさておき、歴史を学ぶって何だか少し賢くなった気がしていいですよね。

 

特に、今回の“西郷どん”こと、西郷隆盛は、貧しい家庭の出身ながらも、その人望で出世し、江戸幕府を終わらせ歴史を切り開いたリーダーです。

 

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そのため、 

「出世したい!」

「先輩後輩・部下上司から愛されたい!」

「管理職や課のリーダーとして、組織を引っ張っていかなければいけない!」

と思っているサラリーマンにとっては、ぜひ学ぶ価値のある人物と言えるでしょう。

 

そんな訳で、今回は、

仕事での成功を目指すサラリーマン・OLの方に向けて、

東京都内にある“西郷隆盛ゆかりの地”お散歩コース

を紹介したいと思います!

 

 

【このお散歩のメリット】

教養が身につく。(少しだけど)

超強力なパワースポットにお参りができる。

結構歩くのでダイエットにも良し!健康にも良し!

食事含め全部で5時間くらいなので、休日の過ごし方に最適!

 

 

さぁ、“西郷どん散歩”に出発だ!

 

 

 

 

☞スタートは、「田町駅」から!

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 ●AM10:30 まずは、JR山手線「田町」駅の西口からスタート!

 

田町・品川周辺は、西郷さんの出身地「薩摩藩」の活動拠点だったんです。

ご存知だと思いますが、薩摩っていうのは、現在の鹿児島県のこと。

薩摩藩は、明治維新にかけて、西郷隆盛や大久保利通などの有力政治家を数多く輩出して、第一次世界大戦頃まで日本の政治を支配した有力なグループでした。

 

西郷どんが歴史的英断をした場所はJR田町駅前

そんな薩摩藩の拠点である田町駅を出て、約3分くらいのところに、歴史的にも重要な場所があります。

 

それが、西郷隆盛が40才の時に、江戸の無血開城を決断した場所です。

 

(1)第一田町ビル (住所:港区芝5-33-8)

 

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慶応4年(1868年)、ここにあった薩摩屋敷で、西郷隆盛と勝海舟が会談を行い、江戸を無血開城することが決められました。

 

 

当時、日本では、新政府軍と江戸幕府の戦いである戊辰戦争が始まっていました。

西郷さんは、新政府の陸軍のトップとして、この江戸を総攻撃する計画を立てその日程まで決めていましたが、勝海舟から無血開城の申し出を受けます。

 

そして、この田町駅付近にあった薩摩屋敷で2人は2日間に及ぶ会談を行い、西郷さんは、江戸の無血開城を決断。それにより、当時100万人の人々が住んでいた世界最大規模を誇っていた江戸の町は、戦火を免れることができたのです。

つまり、西郷さんが間違った判断をしていたら、歴史はまた大きく変わっていたということになります。

 

勝海舟は、

「天下の識見、議論では西郷に負けぬが、天下の大事を決する人物は彼西郷である」

と西郷さんを評しています。「西郷さんの決断力はすごい!」ってことですね。

 

ビジネスにおいても、社員がどんな素晴らしい計画を立てたり、クリエイティブなアイディアを出したとしても、リーダーが正しい決断をしなければ意味がないですからね。

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まだまだある田町駅の薩摩藩ゆかりの地

 

さて、田町駅付近には、他にも薩摩藩にゆかりの地があります。

 

先程の第一田町ビルから歩くこと約5分のところにそれはあります。

 

(2)NECビル:薩摩屋敷跡 (港区芝5-7-1)

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日本の超大手企業NECの本社がある場所も、かつて薩摩藩の屋敷があった場所。

話はそれますが、このNECのビルがでかい!

その名も、「NECスーパータワー」って言うらしいですよw

あと、「NEC」って、正式名称は、「日本電気」って言うんですね。

知ってました?

 

で、NECの本社の裏手には、そこがかつて薩摩藩の屋敷であったことを示す碑があります。

ここには、当時、あの「篤姫」も住んだことがあるようですよ。

篤姫と言えば、宮崎あおいちゃんですね。

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で、この石碑に記載されている「西郷吉之助」とは、西郷隆盛のお孫さん。

この西郷吉之助さんは、銀行員を経て、政治家になったこちらも超大物。

1997年、91才で亡くなられてます。

ちなみに先程ご紹介した田町ビルの「西郷南洲(隆盛)・勝海舟会見の地」も、この方の書によるもの。

 

 

そして、NECビルの石碑の近くには、こんな場所も。

 

(3)芝さつまの道(三井住友信託ビルとセレスティンホテルの間)

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↓海岸線がすぐそこだったことが分かりますね。

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ここには、歴史的というよりは、近代的なモニュメントがあります。

2002年度のグッドデザイン賞(建築環境デザイン部門)も受賞した場所のようです。

 

ここを作った三井不動産によると、

“素材の色彩は、江戸文化の美意識から生まれた「百鼠」をカラーコンセプトとして、グレーを基調に街路全体の調和を図りました”

とのこと。

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☞次は西郷も登った出世の石段へ

 

さて、現在、AM11時。

 

いよいよ次は、本格的なパワースポットへ行きますよ。

 

その名も、「出世の石段」

 

 

 

先程の「芝さつまの道」から、約30分ほど歩きます。

 

 

てくてく。

 

てくてく。

 

てくてく。

 

 

途中には、東京タワーも!

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1時間ほど余裕があれば、途中で東京タワーに寄るのも良いかもしれないですね。

東京タワーも、金運や恋愛運のパワースポットだそうですし。

カップルの人や、外国の方と一緒だったら、観光スポットとしても喜ばれそうです。

 

この日は、横目にスルー。

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てくてく。

 

てくてく。

 

てくてく。

 

 

お!あった!

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●AM 11:30

(4)愛宕神社・出世の階段 (東京都港区愛宕1-5-3)

 

愛宕(あたご)神社には、江戸の町の防火・防災の神様が祀ってありますが、

印刷・コンピュータ関係、商売繁盛、恋愛、結婚、縁結びなどにもご利益がある神社として、超有名なスポットです。

 

で、ここがなぜ“西郷隆盛ゆかりの地”かと言うと、

先程の江戸無血開城を決断する際、勝海舟が西郷隆盛を、この愛宕神社のある愛宕山に連れてきて、江戸市街を見ながら戦いの無益さを説いたと言います。

 

その愛宕神社の入り口にあるのが「出世の石段」です。

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西郷さんはもともと下級藩士貧しい家庭の出身です。

きっとこの神社の神様も西郷さんの活躍を後押ししたことでしょう。

 

うひょー!すごい角度!

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はぁ、

 

はぁ、

 

はぁ(*´Д`)

 

よし、これで出世確定!

 

 

さて、境内には、平日にも関わらずビジネスマンがたくさんいました。

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こんな風情溢れる場所が、東京のど真ん中にあるってなんかいいですね。

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お参りの後、降りるのも一苦労。

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この愛宕山で、勝海舟は、

『西郷さん、見てみろよ、この江戸の町の景色を…

お前は、このキレイな町を、この風景を、この人たちの生活を本当に壊そうってのかい?』

…なんて、缶コーヒーでも飲みながら西郷さんに言ったんですかねぇ。

(って、当時は缶コーヒーなんてないかw)

 

 

鹿児島グルメと言えば🐷豚!

 

●AM11:45

 

さぁ、歴史も学び、たくさん歩いて、パワースポットにも行って、

ちょっとエネルギーを使ったあとは、お昼ご飯。

 

せっかくなので、今回はランチもそれっぽく、

西郷さんや薩摩を感じられるものを食べたいですよね?

 

(え?そうでもないって?まぁ、まぁ付き合ってよ)

 

愛宕神社は、「神谷町」駅や「虎ノ門」駅に近い場所にあるのですが、その辺りで鹿児島料理が食べられるところをご紹介しましょう。

 

 

●AM12:00

 

愛宕神社から歩くこと約15分、

霞が関ビルの霞ダイニングにそのお店はあります。

 

 

 鹿児島郷土料理 あくね 

https://tabelog.com/tokyo/A1308/A130802/13077347/

●住所:東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビルディング 霞ダイニング1F)
●地下鉄銀座線虎ノ門駅11番出口 徒歩2分
●地下鉄千代田線・日比谷線・丸ノ内線霞ヶ関駅A13番出口 徒歩6

●営業:[月~金]ランチタイム11:30~14:00(L.O.13:30)、ディナータイム17:00~23:00(L.O.22:30)[土]ランチタイム11:30~14:00(L.O.13:30)、ディナータイム17:00~20:00(L.O.19:30)。※日曜・祝日はお休み。

 

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鹿児島と言えば豚が有名です。

当時、明治になるまで仏教の「殺生禁断」の教えなどから、豚食は禁じられていましたが、薩摩や琉球地方では豚が食べられいました。

薩摩の人や西郷さんの身体が大きいのは(身長:182cmと言われています)、豚食の影響もあったと言われているようです。(が、定かではありませんが)

 

ランチなので、「豚の角煮定食」(1,000円)をいただきました。

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ちなみに西郷さんの好物は、

●豚骨(とんこつ)🐖 ※骨が付いた豚肉や野菜を味噌風味で煮たもの。

●スイカ🍉 ※日本で最初にスイカが栽培されたのも鹿児島だそうです。

と伝えられています。

 

西郷さんは、住んでいた家の近くにある日本橋「千疋屋」に、よくスイカを買いにいっていたというエピソードも。今でも日本橋「千疋屋」はあるので、西郷さんの大ファンの方は、来店してスイカを買うのも1つの楽しみですね。

 

 

 

さぁ、腹ごしらえをした後は、

この「西郷どん散歩」の後半スタートです!

 

 

人形町の西郷隆盛屋敷跡と最強パワースポット

 

●PM 1:30

 

後半戦の最初に向かうのは「人形町」です。

少し距離があるので、「虎ノ門」からは電車で行くことにします。

「新橋」で都営浅草線に乗り換えるのが一番スムーズですかね。

 

 

人形町には、2つの行っておきたいスポットがあります。

 

その1つ目が、ここ。

 

(5)西郷隆盛屋敷跡 (東京都中央区日本橋人形町1-1-17f:id:uchi33:20180214163439j:plain

現在は日本橋小学校のある場所に、西郷さんが新政府の役人時代に住んで屋敷がありました。

 

西郷さんは、明治維新後、鹿児島から明治政府の要請で東京へ行きます。

明治4年(1871年)から明治6年までの約2年間、この人形町に住んでいたそうです。

ただ、残念ながら、そのことを示すものは、この看板のみです。

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こんな一等地に住みやがって!

と思うかもしれませんが、西郷さんは、ここにあった借家の屋敷で役人としては大変質素な生活をしていたそうです。

 

もともと西郷さんは、下級藩士貧しい家庭の出身です。

そんな西郷さんが出世できたのは、自分の地位が高くなっても決しておごらず、相手が誰だろうと常に対話を行い、周りの人の気持ちを理解しながら物事を進めることができたからだとも言われています。

 

ぜひ、現代のビジネスマン、特に、偉そうなことばかり言って、何もできない管理職のおじさんたちには、西郷さんを見習って欲しいものですね。

また、若いビジネスマンの方も、いつまでも部下や後輩たち、そして難しい上司や取引先とのコミュニケーションを大切にしなければいけません。

 

 

さて、この西郷さんの屋敷跡の近くに、もう1つ有名なパワースポットがあります。

 

 

(6)小綱神社 (東京都中央区日本橋小網町16-23)

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この小網神社(こあみじんじゃ)は、

強運厄除け・金運アップで超有名なパワースポットです。

 

関東大震災や東京大空襲にも耐え、太平洋戦争時には、この神社でお祓いを受けて強運厄除守を身につけた兵士たちが、全員が無事に生還したとも言われている神社です。
日本橋を舞台とした映画『麒麟の翼』にも登場しましたね。

 

西郷さんが小網神社に行っていたかは分かりませんが、屋敷跡のから徒歩2分程度で行ける場所なので、ぜひ行っておきたいパワースポットです。

 

 

 

さぁ、この西郷どん散歩もラストスパート!

次は、いよいよ上野に向かいます!

 

 

西郷さんは江戸の守り神!?その理由とは?

●PM 2:30

 

人形町駅から上野駅は、日比谷線で1本です。

上野駅に着いたら、もちろん向かうは上野公園の西郷さんの銅像です!

 

(7)上野公園 西郷隆盛像f:id:uchi33:20180214171443j:plain

まるでお風呂上りか?犬の散歩中か?

いずれにしてもこの銅像を見る限り、多くの人が西郷さんに温和なイメージを持つことでしょう。

 

しかし、

 「うちの人はこげな人じゃなか」

(訳:私の旦那は、こんな男じゃないわよっ!)

と、この銅像を見た時の西郷さんの奥さん・糸子さんの発言は、あまりにも有名です。

 

大河ドラマ「西郷どん」1話のオープニングでも、糸子役の黒木華さんが叫んでいましたね。

↓たしかに、地元・鹿児島の銅像は軍服なので、かなりイメージとは違うのかもしれません。

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この上野の西郷さん像には、様々な言われや伝説があります。

 

●犬のツン

まず、この犬「ツン」ちゃん(くん?)は、猟犬だそうです。

つまりこのシーンは、お風呂上りでも散歩しているのでもなく、🐇ウサギ狩りをしているところなのです。

 

●着流し姿

西郷さんは、明治維新後、その立役者として明治政府の役人として仕事をしますが、新政府では大久保利通たちとの意見の違いから、参議を辞職して鹿児島に帰ってしまいます。

そして、地元の不平士族のリーダーとして西南戦争を戦い、新政府軍に敗れて自決をします。政府に反逆したという理由から、西郷さんは、賊軍という汚名を着せられます。

しかし、西郷さん死後、明治天皇は西郷さんの汚名を解いて「正三位」という位を追贈されています。

この銅像は、西郷さんの死後21年後に薩摩藩士が中心となって寄付を呼びかけ、集まった寄付金で建てられましたが、着流し姿になったのは、かつて西南戦争で敗れ賊軍とされたことを配慮し、陸軍大将の正装を避けたたためと言われています。

 

●なぜ上野に建てられたの?

 

今日1日、西郷さんのゆかりの地を散歩してきましたが、薩摩の拠点は、田町方面。

そして、西郷さんの東京での自宅は日本橋ということでしたが、

では、なぜゆかりの薄そうな上野に西郷さんの銅像が建てられたのでしょうか?

 

これには様々な説がありますが、面白そうな伝説を紹介します。

 

それは、この西郷さんの銅像のある場所が、鬼門だからです。

 

江戸時代、この上野には寛永寺というお寺があり、鬼門封じの役割を果たしていました。

しかし、寛永寺は、戊辰戦争の際、彰義隊が立てこもり、これを西郷さん率いる政府軍が攻撃し、消失してしまいます。

その後、江戸幕府が倒れ、江戸城は皇居に引き継がれますが、明治政府はこの場所に新たな魔除けを置かなくてはならないと考え、西郷さんの銅像を寛永寺のあった場所に設置させたと考えられています。

 

西郷さんの銅像のすぐ後ろには、彰義隊のお墓があります。

こちらもぜひチェックしてみましょう。

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こちらが、江戸時代にあった寛永寺の絵です。

この絵も、西郷さんの銅像近くにあります。

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西郷さんに、こんな深いエピソードがあったとは…

 

この伝説が本当ならば、

西郷さんは、ずっと東京の町を守ってくれていた存在ということになります。

西郷さんに、感謝しなくてはいけません。

 

 

●PM 3:00

 

さて、“西郷どん散歩”は、これで終了です。

 

西郷さんの仕事ぶりや人間性に触れ、

パワースポットで、出世や金運を願い、

たくさん歩いて、美味しいものを食べ、

充実した1日が過ごせました。

 

 

そうそう、

 

まだこの時間だし、

 

最後の〆は、やっぱり…

 

🍶ここで決まりだね! 

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