社畜だけど時々ライター、うっちー(32歳独身)のブログ

豊島区池袋在住、32歳独身サラリーマンのうっちーです。仕事、保険、音楽、読書について、気ままに書いています。

サラリーマンは「愛社精神」を高めてますます生産性を高めよう

こんにちは、社畜ブロガーのうっちーです。
 
今回は、最近あまり聞かなくなった「愛社精神」についてのお話です。
 
うっちーは、うだつのあがらないサラリーマン生活、社畜生活を送ってきましたが、決して会社のことが嫌いという訳ではありませんでした。むしろ、仕事は好きだし所属している会社がやっている事業や理念も好き…つまり「愛社精神」に溢れていたような気がします。
 
・社畜だから愛社精神に溢れているのか?
・愛社精神に溢れているから社畜なのか?
・そもそも、なぜ社畜なのに愛社精神があるのか?
 
…なんだかよく分からなかったのですが、このブログを書いていて今回1つの結論が出たような気がします。
 

🐕どうして社畜になってしまったんだろう?

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日曜の深夜、会社からの帰り道…たまにふと考えることがあります。

「どうして自分は社畜になってしまったのだろう」と。

 

社会人になりたての約10年前を思い返すと、自分の場合、その理由の1つに“会社が好きだった”…ということが思い浮かびました。

一番最初にうっちーが入社した会社は、中学生の頃から働きたかった憧れだった会社

憧れの会社で働けることでモチベーションも高かったと思いますし、自分の会社の悪い面も知るようになりましたが、基本的に組織に所属している以上は「自分の会社を良くしていきたい」と思っていました。また、自分の会社の商品の良いところに注目して、その部分を好きになろうと思うようにしてきました。そうして「組織に尽くしていこう」と思いが強くなっていったと自分では認識していました。

 

一言で言うなら愛社精神が強いってことなのかもしれません。

愛社精神が強いから、うっちーは社畜になってしまったんだ、と勝手に思い込んでいました。

 

🐕最近「愛社精神」って言葉聞かないね

ところで、この「愛社精神」って言葉、最近ではあまり聞きませんよね。

 

ひと昔前は、ゆとり世代が「最近の若い人は、愛社精神が足りない」という言葉で批判的に言われてきたような気がします。自分の会社のことに無関心だとか、上司のことを気にせず定時になったから帰るとか、そんな若者が「愛社精神がない」と批判されてきたように思います。

 

しかし、最近では、愛社精神がないということで批判されるという風潮はほとんどなくなってきたのではないかと思います。残業すべきではない、プライベートを大切にしなければいけない、会社に尽くしても何も良いことはない…という風潮が随意と浸透してきたので「会社が好きではない」ということで批判されることはなく、むしろ健康的だと認識されているような気さえします。

また、会社としても、会社や上司に一生懸命尽くしてもらうことに対して消極的です。残業をさせることは上司としての評価も下がってしまいますし、無理に仕事帰りの飲みに誘えばパワハラやセクハラと言われてしまう世の中。
 
もはや、「愛社精神」という言葉は、負の遺産になりつつあるような気がしています。
 
 

🐕愛社精神のメリット

 
そもそも愛社精神のメリットは何でしょうか?

愛社精神が良く機能すれば、従業員のモチベーションアップ、チームワークに繋がります。従業員が自分の会社の労働環境が良いと思えば、ムダ転職活動などをしなくて済み、会社の離職率も下がりますし、採用のコストも減るかもしれません。
また、会社の理念や方針を社員がしっかりと認識していれば、間違った判断をしてムダなロスを生むこともありません。
 
このようにメリットだけを考えれば、愛社精神は、生産性を高めるための1つの大切な要素となりうるはずなのです。

愛社精神って、めっちゃ素晴らしいやんw
 
あえて言うなら、サラリーマンは、生産性向上のためにますます愛社精神を高めて行こう!っ感じですよね、本来であれば。
 
しかし、それでもこの「愛社精神」って言葉がどうしても古臭く感じてしまうのはなぜでしょうか?
 
今の時代、愛社精神を持つことはいけないのでしょうか?

 

🐕愛社精神は持つことはいけないのか

「愛社精神」という概念は、決して日本だけのものではありません。
 
例えば、アメリカで言う“会社に尽くすこと”=愛社精神の根底は、ギブ&テイクが基本と言われています。会社に対して自分の「能力」や「成果」を最大限に提供する代わりに会社側はそれに見合った労働環境や報酬を貰うというのが実力主義・アメリカの会社組織の特徴です。
一方、年功序列型、終身雇用、人との和を大切にしてきた日本人が持つ愛社精神は、上司との関係や立場を重んじることでサラリーマンとして出世するというもの。
 
つまり、“会社や上司を家や親のような存在として尽くせば、給料がもらえる”ってのが日本式の愛社精神で、“給料をもらう代わりに、その分の成果を会社に残して貢献しなければいけない”ってのがアメリカ式の愛社精神。
 
どっちがいいかは別として、当然、生産性が低くなるのは後者の日本ということになる訳ですが、愛社精神を持つことは決して悪いものではなく、必ずしも生産性の低下につながるという訳ではありません。
 
 
うっちーが社畜になってしまったのは、誤った愛社精神を持っていたから。
 
 
社畜は、正しいこれからの時代の愛社精神を持っていかなければいけないっつうことですね。